個性派俳優キリアン・マーフィーは、クリストファー・ノーラン監督の映画『ダンケルク』において“謎の英国兵士”という難役を見事に演じきった。そんな彼が同作について語った。
「出演の打診はクリストファー(以下、クリス)が「脚本を送るから」と電話をくれたんだ。僕たちはお互いをよく知っているので、彼は僕が何に興味をもつか分かっている。どんな役柄なら僕が挑みたいと思うかもね。それにクリストファー・ノーラン映画なら、その可能性は相当高い。彼がまた声をかけてくれるのはうれしい。それに今回のは……、とにかく圧倒された。(脚本を読んで気に入ったのは)僕が最初にハッとしたのは、これがアメリカの戦争映画ではないという点。アメリカの戦争映画には名作が多い。でも、現代の傑作戦争映画のリストを作ったとしても、僕はこの30~40年で、そのリストに入るべきだと思えるイギリス映画は1つも思いつかない。だから、そういう点にもフィルムメーカーとしてのクリスが惹かれたんじゃないかな。彼はこのストーリーに、何かものすごくユニークなものがあり、これまでに映画で描かれていないということに気づいたんだと思う」
「(演じられた謎の英国兵士は名前が明かされないキャラクターですけれど?)このキャラクターは、無数の兵士たちの体験を象徴していると思う。それは戦争というものが人に与えうる深い感情的・心理的なダメージなんだ。彼が最初に登場するのは、ダンケルクから兵士たちを撤収させるために英仏海峡を渡っている民間の船のひとつ、ムーンストーン号に助け上げられるところ。彼は、精神に影響を及ぼすほどの恐怖体験から生き延びたばかりなのに、「いや、この船はあそこ(ダンケルク)に戻るとこだ」と言われてしまう。この映画は、ダンケルクで起きている出来事全体に及ぶ交錯する複数のストーリーを描いていく。ノーラン映画ならでの映画で、それらの異なるストーリーは同じ時間軸では展開しない。それぞれにふさわしいペース――陸地の1週間、海上の1日、そして空の1時間――があり、僕のキャラクターはその2つの時間軸の中で登場することになるのさ。何がいちばん凄いかというと、(実際に爆破や戦闘機の飛行、戦艦が停泊する)その真ん中にいるクリスが完全に平然としていること。まったくパニックが起こらない。爆弾とか、飛行機が墜落するんじゃないかとか、誰も何も心配しない。すべてが当たり前に進んでいく。クリスは最初から最後までコントロールを失わず、いったん必要な映像を撮れると、あっさりこう言う、「撮れた。次」って。彼の撮影現場は注意深く構成された仕組みのようなもので、決して混乱状態には感じられないんだ」
「(ダンケルクの撤退作戦についての知識は?)僕は第二次世界大戦では中立国だったアイルランド出身で、あの作戦についての知識はかなり限定的なものだった。その後、リサーチをしてもっと学んだ。あれは第二次世界大戦においても、イギリスの歴史全部においても、まさに特別な出来事。戦時中の攻撃が悲惨なまでに失敗した結果、何十万もの兵士がフランスの海岸で身動きがとれなくなった。でも、人々が決死の覚悟で彼らを生還させようとしたことでその失敗を挽回できた。それが“ダンケルクの奇跡”だ。極限状態にあり、絶望的な戦いのなかで敢行されたこの大規模撤退作戦は、国を団結させ、個々の兵士たち、そして救出に駆けつけた人々の犠牲心と英雄的行為を呼び、最終的には、作戦を成功させることができたんだと思う。この映画はあの出来事を脚色したもので、個々の登場人物も実際にあの場にいた特定の誰かに基づいているわけではない。でも、映画を観たあとで、実際に起きたことを調べ、関わった人々の感動的な実話を知ろうという気になってくれたら、それはうれしいね」
「(マーク・ライランスとの共演は)特別な体験だった。マークとは初対面だったが、僕は彼の舞台を観にいったし、映画も観ている。言うまでもなく、彼はすばらしい俳優で、彼にはすごくカッコいいオーラがあるんだ。あの船にはつねに4〜5人の俳優が乗っていたけど、彼と一緒にいるとほんとうに気持ちのいい存在感を感じた。僕らはオフでも少し一緒に過ごせて楽しかった。彼は間違いなく僕の大好きな俳優のひとりだ。(船上シーンは実際にムーンストーン号に乗って海上で撮影されたそうですが?)クリスの映画にあれだけの強烈さと、理屈抜きで訴えかけてくるものがあるのは、彼ができる限りのアクションを実際にカメラで捉えるんだという決意があるからだ。『インセプション』では、吹雪の中、山腹で撮影したときに、完全に視界がきかなくなっても彼は撮影を続けた。俳優からとことん純粋な反応、あるいは正直な反応を引き出したいなら、実際の海に放り込んだり、本物の戦闘機スピットファイアを頭上に飛ばしたりするのがいちばんいい。観客は、俳優が実際にやっているというそのリアルさを感じるからね」
「(5度のタッグを組まれたノーラン監督について伺います)僕にとって、ノーラン映画での最高の思い出は、“大規模”という点とはまったく関係ないんだ。彼の作品はいつも親密であり、非常に集中していて、極めて綿密だ。そしてクリスは常にカメラのそばにいる。それが僕にとっての彼の映画なんだ。大掛かりな要素――もちろん目を見張るほどすばらしい――は、人間のストーリーがそれを動かしていない限り、何の意味もないからね。『インターステラー』が成功したのも、非常に感動的な映画だったからだと思う。僕も泣いたから。彼がどれだけすごいスケールのセットを作ろうが、どんなに圧倒的な仕掛けだろうが、もしストーリーと演技が観客の胸を打たなければ、何のインパクトもないと思うよ。特に彼のビジョン。映画に対する熱烈な意欲。そして映画全般に関する包括的な理解力だね。映像的に特出している監督、俳優、その演技に関してとても理解が深い監督、そして脚本の理解が優れている監督がいるが、クリスはそのすべてを把握している。映画に関する仕事の一つひとつを自分のものとして理解している。だから、クリストファー・ノーラン映画で仕事をする場合は最高の力を出さないといけないんだよ。さもないと、彼のほうがうまいから(笑)」
「人々が胸を躍らせ、理屈抜きにこの映画に引き込まれるといいなと思う。最終的には映画全体を支えるヒューマン・ストーリーに心を動かされてほしい。クリスはどの作品でもそれを得意としているし、今回もそうなんだ。この映画は結局のところ、勇気とサバイバル、そして人間の精神の勝利を描いている。ありふれた表現だけど、今回は実際にそれが当てはまるんだ。それこそが実際のダンケルク撤退作戦が象徴するものであり、その精神が映画のどのフレームにも表れていると思う」
キリアン・マーフィーは、歴史サスペンス映画『ハイドリヒを撃て! 「ナチの野獣」暗殺作戦』でレジスタンス青年を体現。今後はアイルランドで12月公開のインディペンデント映画『The Delinquent Season』がある。さらに、間もなくジム・シェリダン監督の実話アクションドラマ『H-Block』の撮影に入る予定だ。1983年のアイルランド共和軍(IRA)によるメイズ刑務所からの激烈な脱走劇を描く同作で、ジェイミー・ドーナン、ピアース・ブロスナンと共演予定となっており、今後の活躍が大いに期待される。
映画『ダンケルク』(ワーナー・ブラザース映画 配給)は2017年9月9日より全国公開
映画『ダンケルク』公式サイト http://dunkirk.jp
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