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歌姫ホイットニー・ヒューストン「マーヴィン・ゲイの自由さ」参考に国歌斉唱

アメリカ・ポップシーン史上最高の歌姫ホイットニー・ヒューストン。80年代から90年代の全盛期、メディアを通して見る彼女は常に溌剌としていて、眩いばかりの笑顔を弾けさせていた。そのパワフルな存在感は、性別、国境、世代、そして人種までをも超えて、同時代を生きた人々に大きな活力を与えた。

映画『ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー~』(原題 WHITNEY ) © 2018 WH Films Ltd

ところが、映画『ボディーガード』の成功とボビー・ブラウンとの結婚を境に、薬物問題、複雑な家族問題ばかりが取り沙汰される様になり、48歳という若さで不慮の死を遂げてしまう。いったい彼女に何があったのか?

歌姫ホイットニー・ヒューストン「マーヴィン・ゲイの自由さ」参考に国歌斉唱

あの時代、あの瞬間、あの美声は確かにそこに存在していた。全米のスポーツの一大イベントの一つスーパーボウル(プロのアメリカンフットボールリーグの優勝決定戦)では、試合は当然のことながら、それと同等に注目されるのが国歌斉唱とハーフタイムショー。

これまでマイケル・ジャクソン、ローリングストーンズ、プリンス、マライアキャリー、マドンナ、ビヨンセ、近年ではレディガガなど、まさに頂点を極めたアーティストたちがその大役を務めてきたわけだが、その中でも伝説と言われる国歌斉唱のパフォーマンス披露し、全米の多くのメディアが揃って歴代最高に選ぶアーティストの一人が、1991年に国歌斉唱を務めたホイットニー・ヒューストンだ。

© 2018 WH Films Ltd

ハーフタイムショーとは違い派手な演出などでごまかしができない国歌斉唱は当然のことながら曲は「星条旗」と決まっており、純粋にアーティストの力量が試される。映画ではその伝説の裏側も語られ、当時の音楽監督はホイットニーが参考にしたのは「マーヴィン・ゲイの自由さ」だと明かし、続けて「本来なら三拍子の国歌を四拍子に変えた」と衝撃の事実を嬉しそうに語っている。当時、湾岸戦争真っただ中のアメリカで、戦争の歌でもある「星条旗」は黒人にとって複雑な歌であったが、「彼女は“自由“という言葉に強烈なインパクトを与えた」と振り返る。

ホイットニー・ヒューストン財団正式公認作品
その知られざる素顔に迫るドキュメンタリー映画『ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー~』(原題 WHITNEY )は2019年1月4日[金]よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中

スクリーンで観たい歌姫映画『ボディガード』『ストリート・オブ・ファイヤー』
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